幼稚園・保育園・学校と家庭との連携を深め、子どもの豊かな感性を育てましょう
嘉島町就学前教育研修会
平成13年8月


1 はじめに
 1昨年、おじゃました時も孫のことをお話ししたと思います。その孫が2歳4ヶ月になりました。孫はかわいいです。あんなに私を見て泣いていた孫が今は、絵本を読んで聞かせると膝にのって一生懸命聞いてくれます。息子が使っていた算数セットで喜々として遊びます。
 人は乳幼児期の頃は、母親・父親などいつも一緒に暮らしている人以外の人に会うと顔を上げることができなかったり、大声で泣き叫ぶことがあります。これを人見知りと言っています。この人見知りは、小さな子どもなりに「この人は自分の生命の安全を託せる人だろうかと見極めているのいではないか」と思っています。自分の命を保護してくれる、命を託すにたる人だと確信して初めて心を許すのではないかと思います。人ばかりでなく自然界のすべてのものが生まれながらに「生命」に対する強い思いを持っていることが乳幼児期の人見知り現象からも分かります。
 そして、人は、人との関わりの中で「自分が大切にされている」と感じた時、心が安定し、やる気や自信が生まれます。
 8月1日の熊日新聞記事に「必ず結婚 日本は20%」と言う見出しで日本、韓国、アメリカ、フランスの4カ国の中・高校生の意識調査の結果がでていました。ごらんになった先生も多かろうと思います。これは財団法人日本青少年研究所が「新千年生活と意識に関する国際比較調査」を4カ国の中・高校生、それぞれ1000人程度アンケートに答えてもらった結果です。
 「必ず結婚しなければならないか」の問いに、アメリカは79%、韓国は51%、フランスは30%、そして日本が20%だったというのです。「今の社会に満足か」の問いに対して、アメリカ72%、フランス54%、韓国19%、日本9%です。「21世紀は希望に満ちた社会」と思う生徒の割合は、アメリカ86%、韓国71%、フランス64%、日本は34%です。この記事を見て愕然としました。社会の在りようが問われていると同時に、乳幼児・児童・生徒の教育の在りようも大きく問われているように思います。子どもたちが将来に夢や希望を持ち、その実現に努力する力、別の表現をすれば自己肯定観、自尊感情の醸成が大きな課題と私は捉えました。
 このようなことから、子どもたちの豊かな感性をはぐくむ方策について一緒に考えていきたいと思います。
 
2 就学前同和教育の必要性
 乳幼児期は、心身の著しく発達する時期です。人生の中で最も成長が著しい時期だといわれています。このことを昔から「三つ子の魂百まで」という言葉で表現されています。人間の基礎は、この乳幼児期にあるということです。この「三つ子の魂百まで」は、家庭において保護者の保育のもとでのこととは限りません。保育園での集団保育の中ではぐくまれる基本的生活習慣も含んでのことです。
 この時期にこそ人権尊重の精神の芽生えをはぐくむことが肝要だと思います。
 ところが今、社会構造の変化により家庭保育ができない家庭、保育に自信が持てない保護者等乳幼児保育の課題が山積しています。そこで、子育てに一人で悩まないで地域全体で保育に当たりましょうとの考えを、今年の3月文部科学省が「幼児教育振興プログラム」を発表しました。
 その基本的考え方は、次の通りです。
○ 幼児期は、人間性の基礎が培われるきわめて重要な時期であることを踏まえ、地域社会の中で、家庭と幼稚園が十分な連携をはかり、幼児一人ひとりの望ましい発達を促していく教育環境の整備を重視して、関係施策を展開する。
○ 幼稚園については、入園を希望するすべての満3歳児から5歳児の就園を目標に引き続き整備を進め、以下の視点に立っての施策の展開を図る。
ア 幼稚園教育の展開に当たっては、集団生活を通じて、幼児一人ひとりの発達に応じ、主体的な活動の遊びを通して総合的な指導を行い、「生きる力」の基礎や小学校以降の学校教育全体の生活及び学習の基礎を培うという基本に立って、教育活動及び教育環境の充実を図る。
イ 地域の幼児教育センターとしての子育て支援機能を活用して「親と子の育ちの場」としての幼稚園の役割や機能を充実する。
 今年から幼稚園では3歳児保育を取り入れられたことと思います。そして、幼稚園に「親と子の育ちの場」としての幼稚園の役割や機能が期待されています。

3 同和保育の目標
 熊本県教育委員会では同和教育の推進方針として、熊本県同和教育基本方針と同和保育基本方針を定めています。同和保育基本方針の中で同和保育の目標として「同和保育は、被差別の状況におかれている乳幼児、なかんずく対象地域における乳幼児の実態を正しく把握し、すべての乳幼児に対して、集団の中で豊かな感性や社会性及び科学的・合理的なものの見方、考え方の素地を養い、全面的な成長を図ることにより、一切の差別をなくす民主的な人間の育成を目標とする。その目標を達成するためには、家庭、保育所、幼稚園など、地域ぐるみで保育内容の充実及び実践に努めなければならない。」をかかげています。
 ここでも、地域ぐるみで保育することをうたっています。

4 同和保育の推進
 同和保育を推進する上で大切なことは乳幼児の実態把握です。一人ひとりがそれぞれ異なった生育歴や生活背景を持っています。それら生活歴・生活背景の把握は、乳幼児一人ひとりに寄り添い、理解を深めることが大切です。そのために、保護者との心のつながりを深め、一人ひとりの可能性を見いだし、能力を伸ばす保育活動を進めておられることと思います。登園時、お母さんやお父さんに声をかけ、降園時に、園での子どもの様子などを保護者に話すことで心のつながりを持っておられることと思います。
 先日の益城町の課題別研究会、就学前部会で報告された中に、「いつも手足が汚れている子がいる。なぜ風呂に入ってこないのか分からなかったが、園での子どもの生活の様子を話すうち、家庭での生活の様子も話してもらえるようになり、父親との関係、母親との関係など分かってきた。それは、父親が熱い風呂に入るので子どもが風呂に入りたがらないこと、言葉について厳しく言うのでなかなか言葉がでないなど。少しの成長でも子どもを褒めましょうとの共通認識で保育に当たっていくうち、降園時、先生の目を見て「先生、さよなら、また明日」と言えるようになった。そのとき父親が「よう言えるようになった」と独り言を漏らし、満足した顔で子どもを見つめていた。」という内容のものがありました。それ以来、園と保護者との信頼関係ができ、今では子どもに関する情報を交換して同じ視点で保育に当たっているとのことでした。これが今言われている24時間保育ではなかろうかと思います。
 
5 同和保育の視点
 ジャン・シャザルという心理学者は子どもの権利について次のように述べています。
 個人的な権利である子どもの権利は、その個人としての資格にもとづくものであって、共通の権限、つまり、胎児も乳児も児童も青年も等しく有する生命への権利を持っている。ただし、その表現は年齢に応じて変化し変動し多様化する」として、子どもの欲求の変化、多様化を次のように捉えています。
@物質的・生物学的要求。これは哺乳、保護、育成、食物への要求として表現される。
A安全と愛情に対する生命的情緒的要求。これは安全と愛情に対する権利として表現される。
B理解されたいという情緒的であると同時に知的な要求。
C成長の要求、外的発見の要求、自己主張の要求。
 これと同じようなことをアメリカの心理学者マズローも人間の欲望・欲求を次のように構造化しています。
第1段階 生存欲求(食べる、飲む、眠るといった生活基本欲求)
第2段階 安全・安定欲求(美味しいもの、栄養のバランスのとれた食事を1日3回食べたいなど)
第3段階 愛情の欲求
第4段階 集団への帰属欲求(皆と同じでありたい) 
第5段階 自己実現の欲求(理想的な自画像を描き、それに近づきたいという欲求)
 県教育委員会は、次の4つの同和保育の視点を掲げています。
○基本的生活習慣の確立  
○健康な身体づくり
○知的能力の開発
○豊かな感性
県同教就学前部会でも表現は違いますが同じような視点を掲げています。
○正しい規律と組織性を身に付ける基本的生活習慣の育成
○差別をはね返すことのできる健康でしなやかな体の育成
○ 差別を見抜き、解放の展望を創造しうる高い知的能力の育成
○解放の思想を支える豊かな感性の育成
この同和保育の視点は、平成10年12月14日に出された幼稚園教育要領幼稚園教育の目標と
全く合致します。
 目標には次のように記されています。
@ 健康、安全で幸福な生活のための基本的な生活習慣・態度を育て、健全な心身の基礎を培うこと。
A 人への愛情や信頼感を育て、自立と協同の態度及び道徳性の芽生えを培うようにすること。
B 自然などの身近な事象への興味や関心を育て、それらに対する豊かな心情や思考力の芽生えを培うようにすること。
C 日常生活の中で言葉への興味や関心を育て、喜んで話したり、聞いたりする態度や言葉に対する感覚を養うようにすること。
D 多様な体験を通じて豊かな感性を育て、創造性を豊かにするようにすること。
 また、保育所保育指針においても次のように知るされています。
 人との関わりの中で、人に対する愛情と信頼感、そして人権を大切にする心を育てるとともに自主、協調の態度を養い、道徳性の芽生えを培うこと。
 つまり、先生方が毎日の保育活動に取り組まれていますことが同和保育であり、乳幼児期から感性豊かで人権意識の基礎作りをされていることです。
 学校では、人権週間や旬間を設けて同和教育を集中的に意図的に行いますが、日頃の教育活動そのものが同和教育の推進という考え方で次の7つの視点に立った教育活動を展開しています。
 それは、人権尊重、豊かな感性、科学的・合理的な見方・考え方、学力向上、仲間づくり、自立・実践力、健康な体づくりです。

5 具体的な場面から
 豊かな感性を育てる取り組みの事例をいくつか紹介します。
 甲佐小学校での芋掘りでのことです。裸足で元気に畑に入り芋掘りをする子。どうしても靴が脱げない子。土の感触を喜んでいる子。土になじめない子などなどいろんな子がいます。土を掘っていると、アリ、ミミズなど土の中の住人に出会って「キャー」「気持ち悪い」「ぬるぬるする」など言う子がいました。このような子どもを優しく温かく受け容れる先生の存在で、子どもは落ち着き自然に誘われていきます。周りの子達の関わりも大切です。
 私は受け容れるとは、悪いことをしようと何をしようとすべて是認されるということではないと思います。よくない時は叱られもし、よい時には褒められもするが、根底に、受け容れてもらえるという感覚を子どもに持たせることだと思います。
 今、幼稚園・保育園そして小学校でも絵本の読み聞かせをしています。この読み聞かせによって子どもたちは本に親しんでいます。子どもの心に響く本をたくさん読み聞かせして欲しいと思います。昨日、熊本市内に出かけました。書店で本を読んでいると、きれいな挿絵の絵本がたくさん並べてありました。新美南吉の「手袋を買いに」の絵本がありました。これは小学校3年生の国語の教科書に載っていました。子狐とお母さん狐の心の通い合いを通して、子狐が「人間ていいもんだね。」という言葉があります。このような言葉を大切にしながらぜひたくさんの本を子どもに読み聞かせてください。きっと心豊かな子どもが育つこと思います。
 京都文教大学教授 滝口 俊子氏は次のように述べています。
「子どもの心を豊かにはぐくむのは、子どもを取り囲む大人たちの心の在りようにかかっている。広く・深く・しなやかで・豊かな・やさしい心を目指して、まず大人たちが真摯な努力を心がけたい。」
 そして、マイク・セーラー作 ロバートグロスマン絵 今江祥智訳「ぼちぼちいこか」(偕成社)
をぜひ子どもたちに読み聞かせて欲しいと言っています。顔つきから動作までも巨大なカバが、いろいろな職業に挑戦してみても、どれもうまくいかない末に、カバはすばらしいことを思いつくというアメリカの絵本だそうです。私もまだ読んだことはありません。消防士に挑戦。船乗りに挑戦。パイロットに挑戦。バレリーナに挑戦。ピアニストに挑戦。次から次に仕事に挑戦するけどうまくいかず、「ええこと思いつくまでここらでちょっと一休み」と言って休憩して気付いたことが「まっ、ぼちぼちいこか」ということだったということです。
 子どもが絵本から吸収する心の栄養は、実に偉大なものです。園でも家庭でも本に接する機会を多くするよう啓発してください。
 生命あるものへの感性を育てる取り組みはどこでもされています。次の会話を聞いてください。
 砂場で川や湖をつくって遊んでいるところに1匹のアリが迷い込んできました。
「おい、このアリおぼれさせようぜ。」数人の子どもがそのアリを水たまりに入れ溺れさせようとしました。
 おもしろがってみていた子どもの一人が「土を入れて埋めてしまおうか」と言い出します。
 しばらくして別の子が「かわいそうだから止めとこうよ」と一言。
 アリを生き埋めにすることもなくまたもとの遊びに戻りました。
 この話を聞いた先生達の会話です。
A「私ならアリを殺すのはかわいそうと言って止めにはいる。」
B「私は保育室に虫が入ってきたとき、子どもの前では決して殺さない。逃がすようにしている。」
C「家では子どもは母親がゴキブリを殺すのを見ている。」
D「カマキリを育てている。えさになるバッタを捕ってきて虫かごに入れる。子どもたちはカマキリがバッタを食べるところをおそるおそる見ている。」
E「野菜に付く虫をかわいそうだが殺してしまおうと話し合った。」
 私たちは、他の生き物の命をいただいて生きています。「不要な殺傷はしない」という言葉があります。生命あるものへの畏敬の念を培うことは、幼児教育の中でも重要なことだと思います。幼児期に培った生命への感性が、その後に生きてはたらきます。
 先生が好きだから先生と遊ぶ。
 友達が好きだから友達と一緒に遊ぶ。
 園生活の中で、充実感や満足感を得ることのできた経験によって、他者への愛が生まれます。人間関係づくりや子どものありのままの姿を受け容れ、指示する園づくりが大切だと思います。。
 バスや電車などの公共交通機関の車内で、お母さんが幼児を指導している場面をよく見かけることがあります。
 あるお母さんは、座席に靴のまま立った子どもに対して、「みんなが使うものです。汚してはいけません」と教えていました。
 また、あるお母さんは車内で大声ではしゃいでいる子に対して、「静かにしとらんと、運転手さんから叱られるよ」と指導していました。
 どちらの指導が子どもの社会性や規範意識をはぐくむでしょうか。
 学校の生活指導でのことです。
 悪ふざけで友だちを泣かした1年生男子の生活指導で校長室に子どもと一緒に来た担任の先生の言葉です。
 「これまであんなにお話ししていたのに黙っているのは卑怯と思います。あなたがしたことをきちんと校長先生に話をするのがあなたの義務です。」
 こう言って、自ら謝ることを指導していました。
 価値観が多様化する現代では、家庭や保護者の教育観や育児観と幼稚園の教育方針と必ずしも一致するとは限りません。園と家庭と協力して子育てをしていく関係を創り出すことが今求められています。
 幼児の具体的な姿を通して、園便りや講演会等の機会を通して、子育てに関わる情報を保護者に提供してください。そして、子育ての在り方をみんなで考える風土を創り上げてください。

6 おわりに
 赤ちゃんの誕生、そしてお七夜、お宮参り、七五三などのいくつかの通過儀礼を通って子どもは一人前になっていきます。
 このような通過儀礼を通して子どもの生存が確認され、人格が付与されてきました。通過儀礼には共同体の子として認知し育てることを確認する社会的な意味もあったと思います。
 子育ては、血縁的・地縁的な関係に支えられた共同体の営みでもありました。近年は、核家族化、社会構造の変化等で、乳幼児の家庭での虐待の問題、子育てに悩む親の問題、就業と子育ての狭間で悩む親の問題等々課題はとても多くなりました。
 幼稚園・保育園・学校そして家庭・地域が一体となって、子どもたちの豊かな感性をはぐくんでいこうではありませんか。
 ご静聴、ありがとうございました。